佐賀県のほぼ中央に位置する小城市。その歴史は古く、江戸時代には小城鍋島藩の城下町として栄え九州・肥前の小京都とも謳われる。人口45000人ほどの小さな市ながら20数件もの羊羹屋があり、“羊羹のまち”としても名高い。その所以を知るべく、明治32年創業、シャリっとした食感が特徴的な「小城羊羹」の老舗である村岡総本舗を訪ねた―
シュガーロード沿いの伝統銘菓
村岡総本舗本店に並び建つ「羊羹資料館」では、小城羊羹と羊羹に関わる小城の歴史を知ることができる。かつて貴重な砂糖を貯蔵していた蔵を改装したもので、和と洋が組み合わさったエキゾチックな佇まい。国の有形文化財に登録されており、小城の名所のひとつにもなっている。案内してくれたのは、村岡総本舗 営業本部の村田哲雄さん。
「小城が“羊羹のまち”として発展した理由には、もともと茶道の文化が根付き和菓子が身近であったこと、天山山系より湧き出る豊かな水に恵まれていること、そして、長崎街道の中間点に位置し、砂糖や菓子作りの技法が入手しやすかったことなどが挙げられます」。
長崎街道は、長崎と北九州・小倉を結ぶ脇街道のひとつ。鎖国の時代に、南蛮貿易により出島にもたらされた砂糖がこの街道を経て都に運ばれたことから、現在は「シュガーロード」とも呼ばれている。そして、小城でつくられた羊羹は日清戦争で軍の保存食として重宝されたことを機に、広く知られるようになった。
「この羊羹を “小城羊羹”と名付け、それを初めて木箱やレッテル(ラベル)に取り入れたのが先々代社長である村岡安吉でした。地域の発展を第一に考えた安吉は、地元の同業社とともに小城羊羹協同組合を立ち上げて商標登録を行い、加盟業者なら誰もが“小城羊羹”を名乗れるようにしたのです」。
小城羊羹の特長は、その製法にある。「切り羊羹」といって、練った餡を木箱に流し、固まったら棒状に切り分ける昔ながらの製法で、その工程で表面に砂糖の結晶ができるため噛むとシャリっと硬い。非常に手間がかかり高い技術を要するため、現在この製法を行っているのは全国的にも珍しいという。村岡の羊羹はこの伝統を守ることに加え、独特の煉り具合と配合で、風味豊かでなめらかな舌ざわりを実現。経木(きょうぎ)で包む昔ながらの包装も、味わいのひとつだ。
幾多もの改革からいまの信用へ
明治32(1899)年、村岡クニ(初代)とその長男である安吉が長崎の羊羹職人から技術と道具一式を譲り受け、村岡の羊羹づくりが始まった。
「安吉は、いわば“改革の人”。小城羊羹のブランドを確立し地元産業として守ったこと、いち早く機械を取り入れ菓子づくりの近代化に努めるなど手掛けたことは多々ありますが、それら改革と実績の積み重ねから、信用を築いてまいりました」。太平洋戦争中には、村岡総本舗と東京・虎屋の2社のみが海軍御用達として羊羹を軍に納入。海を越えて過酷な状況下にある人々の力となり、癒しとなったという。
「砂糖・小豆・寒天でできた羊羹は、脳や体を動かすエネルギー源として、また安らぎを得るのに適していますからね。スポーツや勉強に励むお子さんたちの“応援食”としても喜ばれています」。
菓子とともに、地域の宝を未来につなぎたい
もうひとつ、村岡総本舗を知るうえで外せないのが、昭和51年より使用されている鍋島更紗文様をあしらった包装紙やレッテルなどのデザインだ。人間国宝・鈴田滋人氏の父である染色工芸家・鈴田照次氏の手によるもので、凛とした意匠から小城の歴史や風土、店の矜持や品格といった村岡総本舗を構成する要素のすべてが香りたつ。
「照次先生は、当時失われつつあった“鍋島更紗”の技法を復元させた名匠としても知られますが、その鍋島更紗の復元第一作が当店の包装紙用に作られた木版更紗です。『地域の文化を生かし、つながなければ』と考えた4代目の安廣が、先生に依頼することを思いつき完成に至るまでに、なんと5年を要しました」。
照次氏が手掛けた、羊羹づくりの様子や地元の文化・風物をモチーフにしたオリジナルカレンダーは、村岡総本舗の名物に。「先生の作品は、そのモチーフも含めて地域の宝です」と村田さん。羊羹資料館では、その貴重な宝の数々を見ることができる。
美味の追求に終わりはない




羊羹とカステラが層になった『シベリア』や、ポルトガル伝来で佐賀を代表する郷土菓子『丸ぼうろ』も、村岡総本舗の人気商品だ。「現代表・安廣は“美味の追求に終わりはない”と、国内はもちろんルーツを辿って中国やヨーロッパ各地に足を運び、菓子にまつわる文化の研究を続けています。特に丸ぼうろには強いこだわりを持ち、毎日のように自他社のものを食べ比べています。間違いなく、世界一丸ぼうろを食べた人間でしょう(笑)」。
近年は、『カシューナッツ羊羹』や『ピスタチオ羹』など、コーヒーやワインにも合う菓子が評判に。ナッツと羊羹という斬新な組み合わせだが、これは同じ佐賀出身であり、日本の菓子界にアーモンドを取り入れた江崎グリコ創業者・江崎利一氏に着想を得たものだという。同郷の偉人同様「美味しく人を喜ばせたい」という一途な思いが、新たな伝統を築いていく。
「古くて古いものはほろぶ 新しくて新しいものもほろぶ 古くて新しいものはほろびず」。小城羊羹の礎を築いた村岡安夫氏のことばだ。村岡総本舗にとって、伝統の継承と新たな挑戦は表裏一体。時代によってその役割を変えながら続いてきた伝統菓子は、新たな役割を担い、未来へと継がれていく。
〒845-0001 佐賀県小城市小城町861
TEL:0952-37-3173
FAX:0952-37-3191
0952-72-2131(9:00〜17:00)
9:00~18:00
無休
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