三重県中部に位置し、高級ブランド牛肉「松阪牛」の産地として名高い松阪市は、いまに続く多くの豪商を輩出した“商人のまち”でもある。江戸時代には、お伊勢参りの旅人が行き交う街道沿いの宿場町としても栄え、当時の面影を色濃く残す。18代にわたり、その歴史をまちづくりから寄り添いまちの発展とともに在り続けた老舗がある―
知らない人はいない、まちの名物店
松阪で、柳屋奉善(やなぎやほうぜん)の名を知らない人はいないだろう。創業450年の老舗であり伝統銘菓『老伴(おいのとも)』の知名度はもちろんだが、まちの声を聞けば「あのユニークな和菓子屋さん!」「おもしろいことをする名物店」と、その人気の様が伺える。営業部長で、18代目でもある岡一世さんにお話を伺った。
「16代目である祖父は珍しいものが大好きで、ペットとして子ワニやリスザル、ピラニア、イグアナ、果てはライオン(※市に寄贈)まで飼うという破天荒な人でした。広告にクジャクやゾウガメを登場させていたので、その印象が強いのでしょう(笑)」。当時の店は、ちょっとした動植物園。松阪の子どもたちを夢中にさせていたという。
そんな自由でパワフルな気質は柳屋奉善のDNAらしい。「父は音楽系イベントを、私の茶道と生け花の師であり地域活動にも熱心な母は、まちの歴史を伝承する会や毎月『晦日のご縁市』を開催するなど、菓子づくりの域にとらわれない活動を続けています」。
昔も今も、柳屋奉善はまちの盛り上げ役として欠かせない存在となっている。
起こりから、まちの発展に伴走
柳屋奉善の歴史は、安土桃山時代の天正3年(1575年)にさかのぼる。近江国(現在の滋賀県)の豪族・蒲生氏の御用菓子司として創業。天正16年 、茶の湯に通じた蒲生氏郷(がもううじのさと)が国替えにより伊勢国・松阪(※当時、松坂)に新城を築くに伴って居を移し、いまに続いている。代表菓子である『老伴』は、その美しさと珍しさに思わず魅入られる逸品だ。
「柳屋奉善の初代・市兵衛が、硯石として使っていた瓦に描かれた中国・秦代の紋様『飛鴻延年』に目を止め、この型を最中皮に焼きつけた『古瓦(こが)』という菓子をつくったのが始まりです。氏郷公に献上したところ大変お気に召され、その後改良を重ねて唐代の詩人・白居易の詩にある『老伴(おいのとも)』に改名し、いまに至ります」。
江戸時代にはお伊勢参りブームにのって、『老伴』は名物みやげとして全国に知られるように。当時松阪は商業のまちとして栄え、江戸・日本橋には多くの“伊勢商人”が軒を連ねていた時代。そのなかに柳屋奉善の暖簾も揺れていたという。
片面にはご来光を表現
一般的に最中といえば、餡を2枚の皮で挟んだ菓子を指すが、『老伴』の皮は片面のみ。また、餡ではなく紅羊羹(べにようかん)を流し入れ、その表面に糖蜜を塗って美しく仕上げた類のない菓子だ。
「『老伴』の名には“永遠に一緒に”、また紋様には“幸の訪れ”といった意味があります。そして紅麹で赤く染めた羊羹は日の出を表しており、とても縁起がいいんです」。
羊羹のコクのある甘さと、少し固めに焼いた特製最中の香ばしさのハーモニー。姿形も上品で、贈り物にはもちろん茶席にも華を添える逸品だ。「お客さまの要望で、近年は羊羹部分の食感は柔らかめですが、昔ながらのお客さまは、わざと日を置いて表面がよりシャリっと固くなった状態を楽しまれると聞きます。老伴の最中部分をフライパンや網で軽く炙ると、最中が焼きたてのようにサクサクとなってさらに美味しいですよ」。
450周年の節目を前に、改めて店の代表菓子と徹底的に向き合った一世さん。「膨大な記録や資料から450年の歴史と伝統を紐解くことで、秘められた物語や新たな価値が見えてきました。温故創新といいますが、それを具象化して未来につなぐことが私の役目です」。その一環として、一世さんのデザインでパッケージを一新。バリエーションの開発にも乗り出した。そのテーマは「おかげさま」。感謝の気持ちを伝えるべく、450年にかけて、ご縁の深い45社・者とのコラボで新たな伝統を創造しようという挑戦だ。
ご縁から広がる新たな伝統




そうして誕生したのが、三軒隣の老舗養蜂業者「松治郎の舗」との共同開発による“はちみつ仕立て”、そして、人気商品『桐葉山(きりのはやま)』にも使用している松阪「御茶所 老松園」の抹茶を使った“抹茶仕立て”の『老伴』だ。さらに「かきうち農園」のレモンを使った『ハニーレモン』など、地元特産食品を活かした季節の商品を次々と開発。日本茶だけでなくコーヒーや洋酒にもよく合い、さまざまなシーンを美しく彩る。
「定番商品である『鈴もなか』や『宣長飴』も、松阪出身で国学者の本居宣長先生に『老伴(※当時、古瓦)』を献上したことが縁で生まれたものです。『老伴』の円にも通じるご縁を大切に、和菓子を通して“善”を“奉る”のが当家の使命。これからも“柳”のようにしなやかに、次の時代へとつないでいきたいですね」。
インタビュー 2025年6月
柳屋奉善 本店
三重県松阪市中町1877
0598-21-0138
9:00〜18:00
定休日:火曜 水曜
https://www.oinotomo.com/
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