“熱田詣でにきよめ餅”。地域に生まれ、育まれた菓子

きよめ餅総本家

愛知県名古屋市にある熱田神宮は「熱田さん」の名で親しまれ、古くから崇敬を集める名社。三種の神器のひとつ、草薙神剣を神体とする天照大神を祀られることで知られている。名古屋駅から電車で約10分、中部国際空港 セントレアから特急で20分と、アクセス抜群の位置にある熱田神宮を目の前にする「きよめ餅総本家」は、昭和10(1935)年創業の和菓子の老舗。熱田神宮の門前にある同店が、地域にこだわる理由とは―

庶民にも根付くお茶文化

倉造り風の大屋根と看板に老舗の風格を感じる「きよめ餅総本家」は、2025年で創業90年。小豆を丁寧に炊き上げて作ったなめらかなこしあんを、もっちりとやわらかな羽二重餅でくるんだ「きよめ餅」が、その名の通り店の看板商品となっている。特徴はやわらかくて歯切れのよいもちもちとした食感と、ころんと愛らしく、つい「もうひとつ」と手をのばしたくなる小ぶりのサイズ。雪のような餅の表面に印された”きよめ”の焼印もまた、味わい深い。

「いまの風潮からするとちょっと甘めかもしれませんね」と語るのは、取締役の新谷さん。「最近は甘さ控え目の傾向にありますが、私たちは昔ながらの味を大切にしたいという思いから、敢えてこの甘さにこだわっています」。だが、小ぶりなサイズだからこそこの甘さがマッチ。飽きのこない絶妙なバランスで、お茶請けとして愛され続けている。新谷さんは、この“お茶に合う”というところが最も大切だという。

「尾張藩主の影響から、愛知には古くから茶の湯文化が浸透していますが、庶民の間にも、“野良茶”といって仲間と農作業などの合い間に一服する習慣がありました。シーンを問わず、和みの場をより豊かするのがお菓子の役目なんです」。

“熱田のまち”が生みの親

1900年以上の歴史をもつ熱田神宮。天明5年(江戸中期)頃に参詣者たちのために「きよめ茶屋」が設けられ、人々はここでお茶を飲んで疲れを癒やし、身を正してから神前に向かったという。この茶屋にちなんで名付けたのが「きよめ餅」の始まりだ。やがてその美味しさが評判となり“熱田詣でにきよめ餅”として全国に知られるようになり、いまに至る。

実は創業には、こんな経緯がある。「もともと当家は、菓子屋を営んでいたわけではありません。『何か地元を盛り立てるような名物を作りたい。訪れる方を喜ばせたい』と思いで、初代・新谷栄之助が地元の町衆とともに知恵を絞って生まれたのが『きよめ餅』でした。ですので、いわば“熱田のまち”がこのお菓子の生みの親なのです」。そうした背景から、新谷さんは「菓子を通して地元とともに熱田を盛り上げよう」という思いが強い。地元の食の老舗や地元NPOなどとみんなで立ち上げた「あつた宮宿会」の取り組みもそのひとつだ。毎月1日に熱田神宮を参拝する「朔日参り」の風習を広めるために始めた「あつた朔日市」では、4社がコラボして開発した「あつた宮餅」を販売。毎月即完売の人気商品となっている。

「異なるジャンルや、本来競合であるはずの他の和菓子屋も一緒になって取り組むなんて、あまり一般的ではないですよね。もっと熱田の魅力を知ってほしい、誇りをもってものづくりに携わり続けたいという共通の願いが、私たちのエネルギーなんです」。

熱田神宮を中心に、歴史や文化、伝統と、熱田はまだまだ知られていない魅力の宝庫。お菓子を通してその魅力を広く伝えていきたいと新谷さんは考える。

新たな人気商品、きよめぱん

きよめ餅のほかにも、室町時代より熱田神宮に伝わる「大鈴」にちなんだ『千鈴』のように、地元に由来するお菓子の開発に力を注ぐきよめ餅総本家。だが、意外な人気商品もある。「きよめぱん」だ。

「戦後、砂糖の入手が難しかったこと、また工場があったことから配給用のパンの製造を始めました。しばらくパンも順調に販売していましたが、昭和34年の伊勢湾台風の直撃で、パンを製造する機械がやられてしまった。そこからパン作りからは離れていたのですが、50年以上経ったある時、ふと、“昔作っていたパンを復活してみたい”と思い付いたんです。そうして、餅粉を使ったもちも食感の生地にあんを入れた『きよめぱん』が生まれました」。

チャーミングな名前に加えて、日持ちがすることからたちまち人気商品に。2025年春には、中日ドラゴンズの井上一樹監督が日本ハム新庄剛志監督に名古屋土産として贈ったことでも話題となった。“きよめ”パワーで、闘う選手たちの疲労が癒やされたことだろう。

“ふるさとの味”を守るのが使命

子どもの頃に慣れ親しんだ味の記憶は、大人になっても薄れることはない。「“ふるさとの味”ってありますよね。それは、心に刻まれた大切な思い出。世の中の流行りや景気といったこちら側の都合で、安易に変えていいものではないと思うんです」。

たとえば、名古屋で生まれ育った人が進学や就職でこの地を離れ、数十年ぶりにきよめ餅を食べた時、おばあちゃんとお参りの帰りに食べた時のことを思い出すかもしれない。また、どこかの街で、同郷の者同士きよめ餅を食べながら「懐かしいね」と語り合うかもしれない。辛いことがあった時、思い出の味を食べることで元気になる人もいるだろう。新谷さんはそんなことを想像しながら、変えない努力を続けたいと語る。

「一方で、もっとバリエーションがほしいというお客様の声に応え、受け継いできた味や製法はそのままにさくらや抹茶、栗入りといった季節の味をご用意しました。きよめ餅の誕生もそうだったように、お菓子は地域に生まれ、地域によって育まれていくもの。それを守ることが私たちの誇りであり、使命だと思っています」。

インタビュー:2025年4月

きよめ餅総本家
愛知県名古屋市熱田区神宮3-7-21052-681-6161
8:30〜18:00
定休日 なし
※営業時間は変更の可能性がございます。来店前にお問い合わせください。

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