彦根の歴史と文化がかおる “茶人”直弼公が愛した和菓子

いと重菓舗

琵琶湖の東部に位置し、かつて彦根藩の城下町として栄えた彦根市は、国宝・彦根城を中心に当時の風情を色濃く残し、滋賀県屈指の観光地となっている。その一角にある「いと重菓舗 本店(※以下、いと重)」は、近江彦根藩主・井伊家御用達の菓子商として、210年以上にわたり地元で愛され続ける和菓子の老舗だ。大名茶人としても名高い井伊直弼公の精神にも通じる『一味真(いちみしん)』の心で作られたいと重の和菓子。ひとつ味わえば、彦根の歴史と文化が香り立つ

はじまりは、夢のお告げ

いと重の創業にまつわる、こんな逸話が残っている。もとは、「糸屋重兵衛」の名で糸問屋を営み副業として煎餅などを作っていた初代・糸屋重兵衛。ある日妻のますが、夢のお告げで白髪の老翁から菓子「益壽糖(えきじゅとう)」の製法を教わったことを機に、文化6年(1809年)より菓子業に転じたという。創業の発端ともいえる「益壽糖」は、その後、参勤交代の折に中山道・鳥居本宿で休む大名への贈答品に用いられるなど、彦根藩主・井伊家のご進物として長く愛用され続けた。

現在7代目としていと重の暖簾を守るのは、藤田武史さん。「屋号には、細くとも連綿と続き切れることのない糸のように、彦根の地に根付いた和菓子屋として在り続けたいという想いが込められています。また、糸は、ときに縁のつながりに例えられます。井伊家とのご縁も然り、人と人、地域との縁を大切にしながら、伝統を未来へと継いでいきたいですね」。

直弼公にちなんだ、銘菓「埋れ木」

井伊直弼といえば、江戸幕府の大老となり幕末政治に重要な役割を果たす一方で、さまざまな芸事に秀でた文化人でもあり、特に茶の湯の研鑽に力を注ぎ「一期一会」の精神を世に広めた人物として名高い。「直弼公が、国学者で後に直弼の“懐刀”となる長野主膳(ながのしゅぜん)に益寿糖を与えたとの記録が、主膳の御礼の歌とともに残っています。また当店は、直弼公自らが彫られた柳の文様の木型を貸与いただき、落雁づくりを仰せつかっておりました。現在その複製で作っているのが、『柳のしずく』です」。

直弼と主膳が過ごした彦根での平和なひとときに、いと重の和菓子が寄り添った事実は感慨深い。

現在、いと重の代表銘菓となっている『埋れ木』は、青年期の直弼が、質素な生活を送りながら文武両道の修練に励んだ『埋木舎(うもれぎのや)』の名をいただいたもの。特製の白餡を求肥で包み、和三盆糖に抹茶を加えてまぶした、上品な逸品だ。

“この地ならでは”へのこだわり

創業時より一貫しているのは、彦根に根差し、地域の方に喜ばれるものをという強い想いだ。びわ湖の漣をイメージした『あわの海』をはじめ、菓子のデザインや名前にも“この地ならでは”にこだわる。「なぜなら、地域の縁とともにあるのが和菓子だからです。地元の方に愛されるものであれば、おのずと後世にも継がれていくでしょう」というのが、武史さんの信念だ。「たとえば当店の益壽糖はさまざまな歴史的ストーリーを擁していますが、それを一切謳ったことがないんです。なにしろ私自身、家業の看板菓子であるにもかかわらず高校生になるまで知らなかったくらいですから(笑) 量産に不向きというのもあって完全予約制ですが、それでも、変わらずファンでいてくださるお客さまが多く、ご依頼が途切れることはありません」。

では、どうすれば地元に愛されるのだろうか?「決して信用を失うことがないよう、手間ひまを惜しまないことですね。また、和菓子屋は、ただ“お菓子を作って売る場所”なのではなく、歴史に関わり、季節の行事を担うといった文化的側面を担っています。それを、継承していかねばならないという想いもあります」。

受け継ぐ『一味真』の心

「和菓子の魅力は、地域の歴史と深く紐づいていること。それがおもしろさでもある」と語る武史さんは、商店街振興組合の理事長を務めるほか、地域プロジェクトに参加し講演を行うなど、地元・彦根の伝統文化の継承と活性化に努めている。そんな武史さんの経歴は、実は元銀行マン。銀行員ならではの視点で、伝統や文化を継承すること、またそれをとりまく業界の厳しい現実を見てきたことから、いと重、および和菓子の未来を想い家業に入った経緯がある。「ただ盛り上げることを目的に、大々的にアピールすればいいとか、機械化して大量生産すればいいという世界ではありません。いかに歴史があろうと、続かなければそこで終わる。しっかりと繋いでいかねばならない重みと責任を感じています」。

いと重が、長い歴史のなかで変わらず大切にしてきたのが、『一味真』という言葉だ。それは『一期一会』にも通じる心で、「いつ誰が食べてもおいしいと思える味を、一つひとつ真心を込めてつくる」という意味が込められている。糸のように細くとも長く、そして強く。いと重は、これからの100年、200年先を見据えている。

いと重菓舗 本店
〒522-0064 滋賀県彦根市本町1-3-37
TEL:0749-22-6003
営業時間:8:30 ~ 18:00
定休日:火曜日

https://www.itojyu.com/

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